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私自身の考え方の変化1

子どもの頃から学生時代まで、大人たちからしばしば言われて
きた言葉があります。


「君は、もっと揉まれなきゃダメだ」


小学生の頃から、友達の家に遊びに行った時に友達のお母さん
から言われ、学校の先生から言われ、習い事の先生から言われ、
ついでに習い事教室の受付のオバサンから言われ、サークル
活動で知り合った社会人の方から言われ、なぜか自動車学校の
教官からも言われたことがありました。


当時は、何の話をされているのかよく分かりませんでした。

特に、自動車学校の教官から言われた時は、ちょうどその日の
路上教習で、進路変更するのをためらってしまい周りの車に
迷惑をかけた場面があったので、そのことを言っているのかと
思い、

「ウインカーは早めに出せってことですか?」

などと間抜けな返事をしてしまって、教官を余計にあきれさせ、
また、いらだたせたことを覚えています。


社会人となり、「もっと揉まれなきゃダメだ」と言われる機会
が減ったことから、

「世間は、私が現にお勤めをしている事実をもって、私が
(人間関係の中で)揉まれていると推定するのだろう」

と考え、ちょっと安心していました。



ところが、今の組織に勤めて4年くらい経ったあたりから、
少し違うお叱りの言葉を掛けられるようになりました。


「今まで何をしてきたんだ」

「今までどんなやり方をしてきたんだ」

「よくそんなことで今までやってこられたものだ」

というものです。


私は、何となくではありますが、


「君は、もっと揉まれなきゃダメだ」



「よくそんなことで今までやってこられたものだ」

この2つの言葉は、きっと同じことを言っているのだろう
と考えています。


つまり、「遅かれ早かれ、君は世間でやっていけなくなる」
ということなのでしょう。



困りました。

私は、子どもの頃から、自分と似た雰囲気を持つ大人を
見つけられないことが不安で仕方がありませんでした。


見つからなかったのも無理はありません。

きっと、世間的には、私は「ありえない奴」、
「うまくやっていけるはずのない奴」なのですから、
私と似た大人が見つかるわけがなかったのです。


もちろん、今の私の周囲にも、私と似た雰囲気を持つ大人
はいません。



それでは、

「遅かれ早かれ、君は世間でやっていけなくなる」

と改めて宣告された私は、今後どうすべきなのでしょうか。


自動車学校の教官から「君は、もっと揉まれなきゃダメだ」
と言われた19歳の頃の私は、周囲とうまくやっている
ように見える社会人の方の振る舞いを私なりに取り入れ
たり、就活本にヒントがないかと探したりもしましたが、
結局大失敗に終わりました。


10年前と同じ失敗をするわけにはいきません。

私が今考えている対処は、うまくやっている人の振る舞いを
取り入れるのは私が負担なくできるものに限定して、
あとは何を言われようと(心の中では)居直ることです。


私が、至らない点が多く、世間でうまくやっていけるはずの
ない、あり得ない奴であることは、私自身が一番よく知って
おり、周囲の私に対する評価に対して異論はありません。


ただ、そうした評価を妥当なものとして受け止めた上で、

「私ひとりが、死ぬまで(50年くらい?)の間、レア
ケースとして、周囲から文句を言われつつも生き残ること
ができればいいだけではないか」

と思うわけです。


普通に考えて「遅かれ早かれ、私は世間でやっていけなくなる」
のかもしれませんが、たまたま私が寿命を終えるまで生き
残っちゃう可能性もゼロではないでしょう。


そして、たまたま生き残った私のやり方が、同じような悩みを
抱えている人々にとって再現できる可能性がなく、ゆえに誰の
参考にもならず、また、世間から「よく頑張った」と思われる
ことが1度もなくても、それはそれで仕方がない、そう思える
程度には図々しくなってしまった私です。



さて、今まで私は、

「不器用な私の経験してきたことが少しでも誰かの参考になれ
ばいい」

と考えてこのブログを書いてきましたが、上に書いたとおり
考えが変わってきて、


「私の経験してきたことや、私の問題に対して私が考えた
解決策が、誰の参考にならなくてもいい」

「いや、誰の参考にならなくてもいい、というより、正直に
言うと、誰かの参考になるはずだというのは私の勘違い
だったのかもしれない」

と最近では考えるようになりました。
これが、ここ半年くらいの間に考え方が変わったことの1つです。


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「就職活動の失敗からのひきこもり」を克服する

年末年始に休めば少しは体調が良くなるかと期待して
いたのですが、ぜんぜん調子が上がらないまま仕事始め
の日を迎えました。


何がいけなかったのか、たぶん酒の飲みすぎです。
しかも、腹立たしいことに酒を飲んでもちっとも気分が
よくならないのでした。



さて、昨年に引き続き、職業訓練の情報提供です。

(昨年の記事)
ひきこもりニートからの脱出(職業訓練の情報提供)


昨年の反省を生かし、今年は早めに記事を書きました。


これから3月にかけて、各都道府県では2年制の職業訓練
(保育士養成科、介護福祉士養成科)の募集をすることと
思います。

興味のある方は、ぜひお近くのハローワークで情報収集し
てみてください。


(東京都の例)
保育士養成科(2年制・委託訓練) 平成28年4月生募集 | 職業訓練(民間委託訓練) | TOKYOはたらくネット


東京都では、義肢装具科(1年)もあるんですね。
最近では珍しい職人的な(あくまで個人的なイメージ
ですが)仕事だと思うので、人間嫌いの方にも合う
のではないかと勝手に予想しています。


一般的に、職業訓練を終えても関連する仕事に就く人
は少ないと言われますが、この2年制の訓練は、そも
そも人手が不足している業種で必要とされる資格を取得
するものですから、高い就職率が見込めます。


昨年の記事では、私が受講に至るまでの経緯を書き
ました。1年ぶりに読んでみると、真面目な方や外向的な
方から見れば理解に苦しむ記述もあるとは思います。


しかし、何らかの事情で労働市場からはみ出てしまった
人にとっては、こうした職業訓練は、訓練中の生計手段に
ついても配慮がされた安全な逃げ込み先であり、かなり
貴重な存在です。


幸い、私の通っていた学校は教員も職員もとても親切で、
どん詰まりの私に学びの場を提供してくれました。
今でも感謝をしています。


職業訓練の目的はあくまで「就職すること」ですから、
訓練の期間中に学校の夏休みなどに就職活動をして、
いい就職先が見つかったら訓練を辞めて差し支えないで
しょうから、うまく活用してください。


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就職活動を振り返ると言ってはみたものの

前回の記事で、

「5年前までの私の就職活動を振り返る」

と書きましたが、1か月経っても全く作業が進んで
いません。


忙しかったことも理由の一つではありますが、

「当時を振り返って書くというのは、やり方によって
は後知恵で都合のいいように事実を曲げかねない。」

「書いているうちに当時の自分の感覚が蘇ってくる
なんてことは、あり得ないのではないか。」

「回想録なんて書いている暇はない。」


という根本的な疑問が沸いてきてしまったのでした。


たぶん、過去を振り返るというのは、過去を肯定するか
否定するかにかかわらず、今の自分に自信や余裕がないと
できないのでしょう。

今の私には、そうした自信や余裕はありません。


また、私の就職活動には中断があり、その中断の間に
「人間嫌いという才能」というブログを書いていました。

このブログの振り返りが半分も終わらないうちに
就職活動を振り返るというもの変な話なのかとも思います。


というわけで、就職活動の振り返りは、しばらく後回し
にします。

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大学生の紅綬褒章受章と就職活動

東京都足立区に住む大学生の山田安志さん(21)が、
平成26年6月に東京都足立区の千住新橋から誤って
荒川に転落した二十代女性を救助したことにより、
紅綬褒章を受章したとのニュースを知りました。


紅綬褒章は、人命救助に尽力した人へ贈られるもので
あり、平成15年の栄典制度改正以降、若い人も何度か
受章しているようです(最年少は平成23年に受章
した13歳の少年)。


劣等感の強い私は、そうした若者たちの素晴らしい行動
そのものに感動するよりも、


「履歴書の賞罰を書く欄に『紅綬褒章』と書けるなんて
すごいな。採用面接をする面接官も驚くだろう。」


「というか、『それ何?』って面接官も多いのでは。」


「いずれにせよ、新卒の採用面接の強力な持ちネタだ。」


などと、人命救助の価値を勝手に値踏みし、私自身の
散々な就職活動を振り返り、いじいじするのでした。



私は、学生時代に就職活動をしていて嫌になった時、

「5年後、今の自分を振り返ってみよう。」

となんとなく考えていました。


気付けば、私が最初の就職活動を終えてから約5年が
経ちました。

そろそろ書いてみようかという気持ちになっています。


初めて面接を受けたのは約8年前になりますので、忘れ
ていることも多いかと思いきや、本当にショックを受け
たことは覚えているもので、平成20年7月に受けた
2つの面接のことはちゃんと覚えています。


約3年に及ぶ就職活動になってしまったのは、それなり
の理由があり、どこから書いたらいいのか分からない
のですが、思い出したことから順次書いてみようかと
思います。

最初は、私の人生を狂わせた?1冊の本の話をすること
になるはずですので、気長にお待ちください。


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他の道に進みたい

プロボクサーの亀田興毅(28)が引退を表明しましたね。


インタビューの中で「他の道に進みたい」という旨の
発言をサラっとしていました。


ヤフーのコメント欄を見ると、「他の道なんてあるのか?」
「需要がない」など厳しい感想が目立ちますが、私は、
単純にうらやましく思いました。


30歳近い男性、しかも10代後半から20代前半という
人生でもっとも吸収力のある時期をボクシングに費やした者が

「自分は新しい分野でもやっていける」

と思って、サラッと言えるって素敵なことだと思います。



私は、就職活動に失敗し続けていた時から、


「きっと、自分には『できる』仕事などないのだ。」


「私の職業人生は、後から振り返ってみて、
『偶然できちゃった仕事』と『今まで勤めてきた事実』しか
残らないのだろう。」


「したがって、たまたま採用された会社で働き、言われるが
まま定年まで勤めきるのが、私にとって一番いい選択だ。」


と考えていました。


そんなわけで、たまたま採用された会社で、サービス残業や
同僚からの手厳しい扱いも含めて言われるがまま勤めてそろ
そろ5年になるのですが、考えを改める必要を感じています。


これまで、平社員のまま定年を迎えた人を何人か見てきて、
将来の自分のイメージを重ねていました。


私は、彼らに対して「よく勤め上げた」と敬意を抱く一方で、

「あと10年くらいすれば雇用環境も大きく変わってしまい、
私は彼らのように『円満な定年』を迎えられないだろう」

と、ちょっと恨めしくも思うのでした。



さすがに「新しい道」は考えにくいですけれど、それでも
「自分はまだ何かできるんじゃないか。」という前提で
考えないと、現状維持すら難しのだなぁと感じる今日
このごろです。


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プロフィール

人間嫌い3級

Author:人間嫌い3級
日本の片隅でひっそりと暮らす人間嫌いです。
アラサー。

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