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同性婚制度は憲法違反か

(※結構な長文です。)


5月3日は、憲法記念日でした。
今週は、憲法週間だそうです。


テレビでは、主に憲法第9条に関する話題が提供されていま
したが、憲法には他の条文もあるわけで、そうした他の条文に
関する話題がもっとあってもいいと思います。


憲法について語るのは、本当に難しく、ちゃんと書こうとする
ならば、様々な先人たちの見解を踏まえなければならないので
すが、同性婚制度の合憲性についての私なりの見解を雑文の
レベルで書いてみます。



1 同性婚を法律で認めても、直ちに憲法違反とはならない


2014年2月、東京都渋谷区が
渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例案を
区議会に提出するというニュースが報道された後、安倍内閣総理
大臣は、2014年2月18日の参議院本会議において、同性婚
制度について次のように発言しています。

-----

「憲法二十四条は、婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する
と定めており、現行憲法の下では、同性カップルに婚姻の成立を
認めることは想定されておりません。同性婚を認めるために憲法
改正を検討すべきか否かは、我が国の家族の在り方の根幹に関わ
る問題であり、極めて慎重な検討を要するものと考えております」

第189回 参議院 本会議 平成27年2月18日 第7号|国会会議録検索システム
(26~27ページ目あたり)

-----

この発言の後から、ネット上には専門家や支援者から、
「たしかに、同性婚制度は憲法制定時には想定されていなかった
が、婚姻について定めた憲法第24条の趣旨は、婚姻を家制度
から解放することであり、同性婚を排除するものではない」と
いう旨の見解が示されました。


“解釈改憲”で同性カップルの結婚は実現できるか? | THE PAGE(ザ・ページ)

安倍首相「同性婚を認めることは現憲法で想定されてない」 法学専門家の間では異論反論も



同性婚を認めることは憲法違反であり、同性婚の制度を設ける
ためには、現行の憲法を改正する必要があるのでしょうか。


私は、この問題に関わる論点について、裁判所が判決文の中で
コメントをするのはずっと先の話なのではないか、と思っていま
した。


ところが、私の予想に反して、最高裁判所は、2015年12月
16日の2つの判決の中で、同性婚制度の合憲性について考える
ヒントを示してくれました。

-----

憲法24条は,1項において「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と規定しているところ,これは,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。
平成26(オ)1023 損害賠償請求事件
(PDFの6頁あたり)

ところで,婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられる。
憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事項について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものといえる。
平成25(オ)1079 損害賠償請求事件
(PDFの3頁あたり)

-----

前者の判決の中で、最高裁は、「両性の合意」をわざわざ
「当事者間の自由かつ平等な意思決定」と解釈して言い換えて
います。


私は、裁判所が「両性の」の意味について「男女間の」とせずに、
「当事者間の」と示したことは、無視できないと思います。


また、後者の判決の中では、

「結婚制度の詳細については、憲法ではなく、法律によって具体化することがふさわしい」

「憲法24条2項は、結婚制度の立法に当たっては、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請、指針を示したもの」

とも示されました。



これらを踏まえると、最高裁判所は、

(1) 現行の憲法は、同性婚を明確には禁じていない。

(2) 結婚制度の在り方は、社会状況等を踏まえて法律で決めればよい。

(3) 結婚制度は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきである。

と考えており、


よって、

「仮に、同性婚制度ができたとしても、その制度が個人の尊厳と
両性の本質的平等に立脚すべきとの要請にかなうものであれば、
裁判所は憲法違反とは判断しない」

のではないかと私は考えます。


したがって、憲法を改正しなくても、現行の憲法のもとで同性婚
制度を創設することができる、というのが現時点での私の見解
です。



2 同性婚に異性間の婚姻と同じ効果を持たせるのは違憲か?



しかし、単純に現行の異性間の婚姻制度に同性婚を加えるような
法律を作って、同性婚に異性間の婚姻と同じ効果を持たせるのだ
とすれば、その法律が憲法違反になる可能性があると私は思います。



婚姻の効果というと分かりにくいかもしれませんが、先ほどの
判決文の言葉を借りれば、

「婚姻することによって、配偶者の相続権(民法890条)や夫婦間の子が嫡出子となること(同法772条1項等)などの重要な法律上の効果が与えられる」

ということです。
(以下、同性カップルの一方を夫と、他方を妻とみなして現行の
法律の適用があるものと仮定して書いていきます。)



私が憲法違反の状態が生じるかもしれないと思った理由は、


「同性婚において、カップル間の子が嫡出子となるとするならば、
両性の本質的平等の要請に適合しないと思うから」

です。

以下、このことについて考えてみます。



前に、マイノリティの国民審査の記事で話題にしましたが、


性同一性障害により男性への性別変更の審判を受けた者(A)
が女性と結婚し、女性が第三者から精子の提供を受け、人工
授精により妊娠、子を出産した場合に、Aは子の父として
認められるかどうかが争われた事案で、最高裁は、次のように
示しました。

-----

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項の規定
に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者の妻が婚姻
中に懐胎した子は,民法772条の規定により夫の子と推定される
のであり,夫が妻との性的関係の結果もうけた子であり得ないこと
を理由に実質的に同条の推定を受けないということはできない。

-----

つまり、Aは子の父として認められました。



裁判所は、父子関係を判断する際には、血縁ではなく、夫婦の婚姻
関係が実質的に継続している間に生まれた子であるかどうかを重視
します。


ですから、上記の例のように、夫婦の婚姻関係が実質的に継続して
いる間に妻が生んだ子であると認められれば、たとえ父子間に血縁が
なくても、子の法律上の父は夫であると推定されます。
(子の法律上の母については、分娩の事実により当然に妻とされます)




この考え方に従えば、現行の異性同士の婚姻制度と同じ効果を同性婚
にも与えるとすると、


(1) 女性同士のカップルは、同性婚をし、第三者から精子の提供を
受け、出産することにより、夫婦間の子(嫡出子)をもつことができ
る。子は、夫婦の一方と血のつながりがある。


(2) 一方、男性同士のカップルは、そもそも両者とも子を妊娠する
ことができないので、夫婦の一方と血のつながりのある子どもをもつ
ことはできない。ただし、養子を持つことはできるし、婚姻をした
夫婦であるから、25歳以上であれば特別養子縁組も可能である。


という結果をもたらしますが、私は、これは両性の本質的平等の
要請に反しており、憲法違反になり得るのではないかと思うわけです。



夫婦間に生まれた子が嫡出子となることは、婚姻の最も重要な効果の
一つであり、この効果の恩恵を受けることができるのが女性カップル
とその子のみというのは、男性である私としては、すぐには納得でき
ません。



「愛するパートナーと血のつながった子を育てたい」という願いを
もつ同性カップルもいるかと思いますが、女性だけがこの望みを法律の
枠組みの中で実現でき、男性はできないというのは、制度として男女
不平等だと私は感じますが、いかがでしょうか。


(なお、「男性はできない」と書きましたが、男性同士のカップルの
一方または双方が、婚外の第三者の女性との間に子をもうけ、生まれた
子と特別養子縁組をすることにより、パートナーと血のつながった子を
嫡出子として育てることは、一応可能かと思いますが、実現は困難だと
思います。)




「それは、言ってもどうしようもないことではないか」

「生まれつきの身体の構造の違いに基づくのだから、男女不平等
ではない。男性はあきらめるしかない。」


と考える人も当然いるでしょう。



たしかに、民法772条1項は、

「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」

ということだけを規定していて、この法律の文言の中に男女不平等
である点は見当たりません。


女性同士のカップルは婚姻中にどちらかが妊娠する可能性があるの
に対し、男性同士のカップルではそれがあり得ないというだけの
話かもしれません。

異性同士の夫婦であっても女性側が不妊であれば子ができないの
ですから。


また、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と規定
した民法772条1項は、父子関係を早期に決定することにより
子の利益を図る趣旨の規定であり、婚姻について定めた規定では
ないから、この記事の議論はそもそもズレている、とも考えられる
でしょう。



なので、国会が、親子関係に関する法律の規定は現行のままにして、
同性婚を認める法律を作ったとしても、裁判所は違憲とは判断しない
のかもしれません。



ただ、私は、たとえ違憲でなくても、結果的に女性同士のカップル
にだけ生じる効果が存在する同性婚制度を作ることは、好ましく
ないと思っています。


この記事を読んでくださった皆さんは、どう思いますか。



3 議論を前に進めるために


もし、同性婚制度の創設を本当に望むのなら、同性婚をした結果、
現在の制度とどのような整合を図る必要があるのか、結構細かい
ことまで考えなければならないと思います。



最高裁が
「婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである」
とせっかく示してくれたのですから、


性的マイノリティ一人ひとりが、細かいところまでよく考えて、
それを発信することによって、国民感情の形成をリードしていけ
ば、憲法の趣旨に合致する同性婚制度をつくることも不可能では
ないのかなと期待はしています。


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私自身の考え方の変化2

前回の記事

もう1つ、私自身の考え方に変化があったのは、
自分の性的指向に対する考え方についてであります。

私は、性的指向は、多様な性を分類し、説明するための道具に
すぎないと考えた上で、自分のことをとりあえずアセクシャル
(他者に対して性的な欲求を抱かない性質)と自称してきたの
でした。


実は、1年ほど前から親しくさせてもらっている自称アセク
シャル?の女性がいまして、一緒に食事をしたり、イベントに
出掛けたりしていたのですが、このほど、私が、彼女と肉体
関係を含むより親密な関係づくりを腹の底では望むように
なったことに気付きました。


人間関係ですから、いろいろな事情の変更があり得るとは
いえ、アセクシャルとして知り合った者どうしであるため、
かなり大きな事情の変更と言えるでしょうから、早めに説明
した方がいいと考えています。


そこで、私は、近いうちにこの私自身の変化を彼女に正直に
話そうと思っています。


私の気持ちは、間違いなく彼女から拒絶されることでしょう。


でも、私は、正直に打ち明けることにこそ意味があると思って
います。


「アセクシャルの意味を分かっていないんじゃないか」

「あなたは、奥手でモテない、ただのオッサンです」


自称アセクシャルである私の気持ちの変化には、いろいろな
疑問や批判があると思います。


しかし、私は、まっとうな?アセクシャルとして世間から
評価されたいわけではありませんし、

また、「アセクシャルらしく」生きていきたいのではありません。


私は、おそらく他の性的マイノリティの方々と同様、自分に
素直に生きていきたいだけなのです。


そのことを自分自身で確認するために、私は正直に打ち明ける
必要があると思っています。


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アセクシャルとパーソナリティ障害

1か月くらい前から気になっている単語があります。

それは、

Schizoid Personality Disorder

です。

シゾイドパーソナリティ障害または
スキゾイドパーソナリティ障害と日本語訳されている
ようです。全く日本語になっていない気もしますが。


スキゾイドパーソナリティ障害 - Wikipedia

----
(ウィキペディアから引用)
DSM-IV-TRでは次の診断基準のうちの少なくとも4つ以上を満たすことで診断される。

1.家族を含めて、親密な関係をもちたいとは思わない。あるいはそれを楽しく感じない
2.一貫して孤立した行動を好む
3.他人と性体験をもつことに対する興味が、もしあったとしても少ししかない
4.喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても、少ししかない
5.第一度親族以外には、親しい友人、信頼できる友人がいない
6.賞賛にも批判に対しても無関心にみえる
7.情緒的な冷たさ、超然とした態度あるいは平板な感情

(筆者注:2014年6月にDSM-5日本語版が刊行されている。)
----


一読して、

「私のことが書いてある。」

と思いました。


今までなぜスキゾイドパーソナリティ障害のことを
知らなかったのだろうと不思議に思います。
パーソナリティ障害(人格障害)については、簡単にでは
ありますが本を読んでいたつもりなんですけど、スルー
していたのか、記憶に残っていなかったのか。



3.他人と性体験をもつことに対する興味が、もしあったとしても少ししかない


私は、自分の性的関心の薄さについて、とりあえず
「アセクシャル」と名付けて性的指向の問題と考えて
きましたが、別の説明もあり得るようです。


私がスキゾイドパーソナリティ障害について知ることと
なったのは、

長沢 崇ほか『シゾイドパーソナリティ障害vs.自閉症スペクトラム障害 (特集 まぎらわしい2つの病態の見分け方)』(精神科 23(6), 625-630頁, 2013年12月,科学評論社)


という専門雑誌の記事を読んだのがきっかけですが、
この記事の結びには、次のように書かれています。


----
“パーソナリティ障害”か“発達障害”かという考え方にとどまらず、両概念の再整理、再構成が今後必要となるであろう。
(中略)また、シゾイドパーソナリティ障害と自閉症スペクトラム障害の鑑別にあたっては、どちらの視点で患者を理解することがその後の治療をより展開させ、患者に有益となるのか、と考えることも重要であろう。
----


どちらが本人の利益になるかで考えるべき、私も本当に
そう思います。


性的な事柄への関心の強さ、嗜好、または指向性に関する
問題だからといって、何でもかんでも性的指向の問題として
処理をしようとすると、かえって解決が遠のく場合もある
のではないでしょうか。



さて、アセクシャルの仲間を探している方や、友情結婚を
考えているセクシャルマイノリティの方に考えてほしいのは、


「自称アセクシャルの人の中には、スキゾイドパーソナリティ
障害の人も含まれているかもしれない。」

ということです。


アセクシャルの人を探したら、パーソナリティ障害の人
がヒットするということもあるでしょう。


条件で人を選ぶことの難しさってあるんですね。

もっとも、スキゾイドパーソナリティ障害の人が、スキゾイド
パーソナリティ障害であるということのみを理由として、
アセクシャルの人々の輪から排除されるようなことがあっては
ならないと私は思います。



最後に、この記事を読んで誤解しないでいただきたい
のですが、アセクシャルを自認しているあなたが、

「自分は人格障害なんじゃないか」

とか心配する必要はありません。


そもそも、前に書いたとおり、
アセクシャルに近い状態にある人は案外いる
んですから。


「恋人を持つことや性体験に対する興味が少ない。」


決して少なくない数の日本人が感じているこのことについて、
わざわざ「アセクシャル」というレッテルを自分に対して
貼る人は、何のためにそのようなレッテルを貼る必要がある
のか、そのレッテル貼りが本当に自分にとって有益かどうか、
いま一度考えてみてはどうでしょうか。


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渋谷区の同性パートナーシップ条例~私は間違っているかもしれない

渋谷区の「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を
推進する条例」いわゆる同性パートナーシップ条例ですが、
4月1日から条例が施行されたのに、そういえば3か月
経っても、

「パートナーシップ第1号誕生!」

とかいうニュースを聞かないなと思い、調べてみたら、
パートナーシップ証明についての規定は、まだ施行されて
おらず、区長が規則で定める日から施行するとのことです。


渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例


この条例については、前にこのブログで話題にしました。

同性カップル証明書には反対します


記事を書いてから5か月経ち、改めて上の記事を読んでみ
ました。

いま読んでも、私の“考え”は間違っていないと思います。


本来、自分が持っているアパートを誰にどんな条件で貸す
かは、民法や借地借家法などの法令の制限内であれば、
大家さんが自由に決めていいことなのです。


財産権について定めた憲法29条と、所有権について定め
た民法206条にはそのように書いてあります。


条例の15条の運用の仕方によっては、区長がアパートの
大家さんに対して、同性カップルに部屋を貸すよう勧告し
たり、その勧告に従わない場合は、関係者名などを公表
できることになります。


このような勧告は、大家さんの正当な所有権の行使を
実質的に制限する結果を招くおそれがあると考えます。


私は、同性カップルの権利を口実に、行政が善良な大家
さんの権利を制限するようなことがあれば、性的マイノ
リティを自認する1人としてたいへん残念に思います。


したがって、私の住むまちで渋谷区と同様の条例を定める
動きが出た際には、反対しようと考えています。

もっとも、私が反対しているのは区による勧告と関係者の
公表の部分であり、パートナーシップ証明を行うことその
ものには特に異論はありません。



うん、私の“考え”は間違ってないと思う、たぶん。


でも、私の“人生を送る上での態度”とか“生き方”は
間違っているのかもしれない、と最近思います。


仮に、

「話は分かったけどさ、いちいち他人の権利に気を
つかってたら、いつまで経っても自分の望みは実現でき
ないでしょう。」


「あんたいくつなの?他人を蹴落としてでも生きるのが
人生だよ。他人の権利を踏みにじってでも守るべきもの
がない子供の発言としか思えない。」


「世界中を見てみろ。独自のイスラム法解釈に基づく
国家をつくるとか言って人を殺しまくっている輩もいれば、
国民が一丸となって?国の借金を踏み倒そうとしている
国だってあるわけだよね。闘争なんだよ、人生は。」


「他者の権利なんて考えてるから、君はいつまでも
“不幸ごっこ”みたいな暮らししかできないんだよ。」


などと言われたら、私は何も答えることができないかも
しれません。


いや、

「うるせーな、ほっといてくれ(怒)!」

と言えるくらいには、私も強くなったはず。


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同性カップル証明書には反対します

東京都渋谷区が同性カップルを「結婚に相当する関係」と認め、
証明書を発行する条例案を提出する、と報じられました。


渋谷区のことは渋谷区民が決めることであって、私も含め、
渋谷区の住民でない者が賛成だの反対だの言うのは筋違いでしょう。


この記事のタイトルを、

「同性カップル証明書には反対します」

としましたが、渋谷区の条例案にケチをつける意図はなく、

『もし仮に、私が住んでいる街で、渋谷区と同様の同性カップル
 証明書を発行する条例案を検討しているとしたら、私は反対します。』

という意味です。


渋谷区や渋谷区議会のホームページから条例案(議案)を見ること
ができないので、詳細はわからないのですが、


区民と区内の事業者に、証明書を持つ同性カップルを夫婦と同等に
扱うよう求め、条例に反した事業者名は公表する内容だそうです。


同性カップルがアパートやマンションに入居しようとしたり、
病院で面会を求めたりする際、「家族でない」と断られるケースが
あることは、以前から指摘されていました。


もちろん、私も同性カップルが安心して同居し、病院を受診できる
地域社会の実現を望んでいます。


しかし、それを条例という形式で実現を目指すのは、手段が適切で
ないと思います。


アパートやマンションの貸し借りも、病院の受診も、民間人同士の
契約ですから、一定の制限はあるものの、基本的に誰とどんな内容の
契約を結ぼうと自由なわけです。

同性カップルに部屋を貸すかどうかは、本来、大家さんが自由に決めて
良いことなのです。

なので、「単身者専用」のアパートがあっても良いのと同様に、
「同性カップル入居お断り」のアパートがあっても良いと考えます。


自治体が民間事業者に対して証明書を持つ同性カップルを夫婦と同等に
扱うよう求めることは、行政による民事への介入であり、私は好まし
い印象を持ちません。

もっとも、行政による民事への介入を全て否定するわけではありません。

たとえば、事業者と消費者が持っている情報量に圧倒的な格差がある
場合に、消費者が不利な条件の契約に拘束されるのを防ぐための法律
(消費者契約法や特定商取引法)や、それらの法律に基づく行政処分
および行政指導は必要だと思います。


また、住宅政策に関していえば、「高齢者お断り」のアパートが増えて
しまうと、高齢者の住む場所がなくなってしまうため、国交省や厚労省が
様々な施策を講じており、これについては一定の評価ができます。

住宅:高齢者、障害者等の住宅セーフティネットの充実 - 国土交通省


ここで、私が注目するのは、高齢者の住居の安定化のために行政が
とっている手段です。


行政は、高齢者向けの住宅改修等を行う登録事業者に対して補助金を
出すという手段をとっていますが、

「協力しない事業者を公表する」などという
高圧的な手段はとっていません。


この点だけみても、

「証明書を持つ同性カップルを夫婦と同等に扱うよう求め、条例に
 反した事業者名は公表する」

というのは、他分野の住宅政策と比較しても、行政の介入が強すぎ、
やり過ぎだと思います。



また、別の角度から見ると、安易に行政が介入することで、
性的少数者たちの問題解決能力を奪う結果を招くのではないかと思います。


なぜなら、

「同性カップルという理由だけでアパートやマンションへの入居を断られない」

「病院で面会を求めたりする際「家族でない」という理由だけで断られない」

このことを実現するのは、別に法律や条例の制定に頼らなくても、民間人
同士の取組によって可能だと考えるからです。



性的少数者の当事者が、地元の不動産賃貸会社の業界団体に要望して、

「公正証書の方式でパートナー契約を結んでいる同性カップルは、夫婦と
 同様に取り扱い、同性カップルという理由だけで入居を拒まない。」

というような取引慣行を作るよう働きかけたり、


病院についても、地元の医師会や医療ソーシャルワーカー協会に要望する
とか、いろいろやり方はあるはずです。



そういった日常生活圏での当事者同士の問題解決を飛び越えて、
行政がいきなり、

「社会を変えよう! 制度を変えよう!」

というのはあまりに唐突で、これでは性的少数者の問題解決能力を
低下させるおそれがあると考えます。


・・・



仮に、渋谷区民の方々がこの記事を読んだとしたらどのように感じる
でしょうか。


「渋谷区では、民間レベルの取組を10年以上やっていて、
 各種団体への要望活動もとっくの昔にやっている。」


「渋谷区では、区営住宅の入居者を選ぶにあたって、
 同性カップルを差別しておらず、すでに50世帯の
 同性カップルが入居している。」


「今回の条例案は、行政が上から押し付けるのではなくて、
 何年も前から民間レベル、行政内部のレベルで行ってきた
 地道な取組に対して『条例』という形でお墨付きを与える
 ボトムアップのものであり、このブログの記事は渋谷区の
 実態を全くわかっていない。」


と感じる方もいるでしょう。(というより、そうであって
ほしいです。)



冒頭で述べたとおり、

渋谷区のことは渋谷区民が決めることであって、いろいろな
地域の実情がありますから、渋谷区民でない私が渋谷区の条例案
に対して賛否を述べることはありません。



しかし、もし私の住む街で同様の条例案の提出が検討されて
いるなら、やはり反対の立場をとるでしょう。


私の住む街では、同性カップルを地域で受け入れる積極的な取組
は行われていませんし、おそらく同性カップルは私の街の公営住宅
に入居できないでしょう。


公営住宅で同性カップルを入居させていないのに、民間事業者には
入居させるよう協力を求めるというのでは、笑い話にしかなりません。



以上、私の住んでいる街で渋谷区と同様に同性カップル証明書を
発行する条例案の検討が進められたとしたら、

1.行政による民事への行き過ぎた介入である
2.行き過ぎた介入でないことを裏付ける地域の実情や地域住民の
  自主的な取組が確認できない
3.行政が上から押し付ける形での問題解決は、当事者のために
  ならない

以上3点を理由に、反対します。
(次回へつづく・・・かもしれない。)


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