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共感のむずかしさ

自分が昔書いていたブログの記事を転載して、
最後に今の自分がコメントを付けるシリーズ



人間嫌いという才能(2009年)から


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共感(empathy)は心理学の用語で、大雑把に言えば、

他人の体験する感情を自分のもののように感じとること、である。



私は、よほど訓練された人でないと他人と共感をするのは難しいの

ではないか、と思うのだがいかがだろうか。



ある感情へ共感するためには、過去に自分も似たような体験をしている

ことが必要であると言われている。


複雑化した社会の中で生きる個人が、一生で体験できることなど微々たる

もの。自分の過去の体験と他者との体験が重なり、しかも、同じ感情を

抱くなど、本来奇跡的なことのはずだ。




だから、なぜ素人である私たちの間で「他者との共感の必要性」が騒がれて

いるのか、私にはわからない。



もうひとつよくわからないのは、他人の不幸や苦悩に対する共感の必要性

ばかりが説かれて、他人の幸福や快楽に対する共感の必要性が軽視されている

気がすることである。


私の勘違いかもしれないが、この非対称性はどこからくるのだろうか。




他者の幸福や快楽に対しては、誰でも当たり前に共感できると思っている

のだろうか。



そんなわけはないだろう。



たとえば、生まれつき目の見えない人の想像する『エロいこと』、

私にはまったく謎である。




私が、


「め、目隠しプレイなら経験がありますが・・・」


などと言おうものなら、


「お前バカか? そんなチンケなモノじゃねぇよ。」


と切り捨てられそうだ。



きっと、私には想像もつかない高次のエロが存在するはず。

そして、今後どんな経験をしても私がその高みに到達できるとは思えない。




長くなるので話を切るが、たぶん、素人に共感は無理だ。

さらに言うと、共感を重視する風潮こそが私たちを苦しめているのでは

ないかとすら思う。以下次回。


(以上)

-----


なんだか最近は疲れてしまっていてブログが更新できなくなっている
のですが、1ヶ月以上放置すると目障りな広告がブログに表示されてしまう
ので更新しました。


さて、共感については4年経った今となってもさっぱりわかっていません。


「共感なんて普通の人には無理」

と本気で考えていた私が、今は相談援助の仕事をしているのはたいへん
皮肉なことであります。


相談援助者のための『傾聴のスキル』というのがありまして、私も出来る
だけ受容的な態度で相談者の話を聴くことを心がけていますが、しかし、
そのことは相談者の気持ちに共感できていることとは別です。


話を聴いていても、「私はほんとうにこの人の気持ちがわかっているの
だろうか、たぶんわかっていないな」と感じることは多々あります。


でも、

「これでいいのだ」

とも考えています。



相手の気持ちに共感すること

と、

相手の話に対して共感的な反応を返すこと、


両者はまったく別物だからです。


共感的な反応ができないとコミュニケーション能力を疑われますが、
相手の気持ちに心から共感できなくてもそれはふつうのことですし、
悩むことなどありません。



むしろ、相談に来る方の中には、

「お気持ちわかります」

と答えると怒る方もいるのです。


「『言っていることはわかります』、ならまだしも、
 『私の気持ちがわかる』だなんて、軽はずみなことを言うな」

と言うのです。


私は本当にそのとおりだと思います。



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プロフィール

人間嫌い3級

Author:人間嫌い3級
日本の片隅でひっそりと暮らす人間嫌いです。
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