FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

つまようじ少年事件~つまらない大人、つまらない人生を讃える

あっという間に2015年も半分が過ぎようとしています。

これから何回かに分けて、2015年上半期のニュースで
印象に残っているものについて書きたいと思います。


1つ目は、「つまようじ少年事件」

1月11日から18日まで世間を騒がせたニュースでした。


「つまようじ動画」の19歳、少年院送致 - 産経ニュース
(リンク先は産経新聞のサイト)


この後に、IS関連の事件のほか、和歌山県で小学生が殺害される
事件や川崎市で中学生が殺害される事件など大きな事件が続いて
起きたため、忘れてしまった方もいるかと思うのですが、私にとっ
ては、大きく3点について考えさせられ、また、今も考え続けて
いる事件です。


1点目は、

「誰でも、最終的に大勢の一般庶民が迷惑を被るような方法で
 自己主張をしてはならない。」

ということです。


この少年には、少年法改正?とか、主張したいことがあったよう
ですが、コンビニの棚に並んでいるお菓子の袋につまようじで穴を
開ける様子を撮影してネットに動画をアップするという方法は
許されません。


一連の行為は、最終的に末端の消費者が迷惑を被る結果を生む
可能性があり、また、誰もが簡単にまねできてしまうことから、
単なるイタズラで済ませてはならないと思います。


同種のイタズラが全国で頻繁に起こるようになれば、食品メーカー
としては包装を丈夫にするとか、小売店としては客を監視しや
すい仕組みを作るとか、対策を取らざるを得なくなり、余計な
コストがかかることとなります。


そうすると、そのコスト増により最終的には菓子や食品の値段が
上がり、末端の消費者(つまり私たち)が損をすることとなる
でしょう。


食料品など生活必需品の値段が上がれば、低所得者の生活を圧迫
しますから、ひょっとすると、生活保護の基準額も上げざるを
得なくなるかもしれません。


大げさに考えれば、1本のつまようじが国家の社会保障費の負担
まで増加させる可能性があるということです。


よって、この種のイタズラは許してはなりませんし、忘れても
いけないと思います。



2点目は、1点目の続きになるのですが、

「世の中の多くの取引は、人々の善意を前提としている。」

ということです。


物の売買に限らないと思いますけれど、悪いことをする人に対処
しようとすると、その対処のために余計なコストがかかります。


余計なコストが生じるのを防ぐためには、人々の善意を育むこと
が大事かと思うのですが、どうすればいいのか、明確な回答は
思いつきません。


3点目は、

「無理して面白い奴にならなくていい。むしろ、つまらない奴
 を賞賛する風潮をつくることが大切だ。」

ということです。


5年位前から、若者が自分の行った犯罪まがいの行為を、いかにも
それが武勇伝であるかのようにブログやSNSに書き込んで、
結果として炎上するということが散見されるようになりました。


ブログやSNSの利用者は、反省するどころか、2年ほど前から
は、文字だけでなく写真や動画を付けて自分の行った犯罪まがい
の行為や他者が不快に感じる行為を投稿する者も現れました。

つまようじ少年もこのような者の一人と考えています。


なぜそんなことをするのか、私には憶測することしかできません
し、また、つまようじ少年の気持ちを私が勝手に決め付けるのは
乱暴ではあります。


しかしながら、彼らは、心のどこかで

「周囲から注目を集めたい。」
「つまらない奴だと思われたくない。」

のようなことを思っていたのかなと想像してしまいます。


さらに、彼らの中には、本心からそう思い、自ら望んで反社会的な
自己表現をしたのではなく、

「面白いネタを提供しないと仲間はずれにされる。」
「つまらない自分はダメなんじゃないか。」

という焦りから、そのような行為に及んだ者もいるのではないかと
勝手に推測しています。


だとすれば、悪いのは彼らであるとはいえ、気の毒な気がして
きます。


私は、平凡でつまらない子どもが、自尊心をもちながら、安心して
すくすくと成長し、つまらない大人となり、つまらない人生を
堂々と生きる、

そのことをもっと肯定したいです。


そのためには、つまらなさを抱えながら報われない人生を送って
いる大人たちが、もっと元気になる必要があると思っています。



つまらない大人は、100人の若者を落胆させるかもしれませんが、
同時に、1人の若者を安心させるかもしれません。


「ああ、こんなつまらない人間でも生きていけるんだ(笑)」

って。



まず、私が草の根の活動としてできることは、報われない人が
書いたつまらないブログを見つけたら、

「つまらないブログですね。でも、そこがイイね!」

とコメントを残して回ることですかね。
怒られそうだから実行しないと思いますけれど。


とりあえず、

つまらない大人、つまらない人生、つまらないブログ、万歳!


記事が参考になりましたら応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 人間不信・人間嫌いへ にほんブログ村 恋愛ブログ 無性愛・アセクシャルへ
スポンサーサイト

誰でも自由に安保法制について語っていい


本当は、他の記事を書こうと思ったのですが、安全保障法制に
ついて議論が盛り上がっているので少し書きます。


この話題について語るためには、いろいろな「そもそも論」の
前置きが必要かと思います。

必要なそもそも論のうち、学者ではない私たち一般市民にとって
重要なそもそも論に絞ってまず書きます。


一番大事なそもそも論は、

1.誰でも自由に法律を解釈し、その解釈について語ることが
 できる。


ということです。
特別な専門知識がなければ法律について話題にしてはならない
という法令の規定はありません。


実際、普通の教育を受けた日本人なら誰でも読めるように、
法律は、現代仮名遣いで、主に常用漢字を用いて書かれています。


よって、安保法制に関して十分に語れるほどの時間も知力も
ない私であっても、語っていいのです。


もちろん、あなたもです。


福祉の現場にいると、「お前の対応は人権侵害だ!」と電話で
怒鳴ってくる方に会うことがあります。


たいていの場合、話を聞いていても、私のどんな対応が、どの
法律の規定に根拠をもつ権利を侵害しているのか、さっぱり分から
ないのですが、そうであっても、何らかの「法解釈」であるという
意味では、高尚な法学者さんの学説も「人権侵害だ!」という怒声
も同じと考えます。


もっとも、学者の学説と「人権侵害だ!」の怒声では、法解釈
としての説得力や結論の妥当性、ずばり言えば裁判で勝てる見込み
に大きな差があるのは言うまでもありません。



2つ目のそもそも論は、

2.現時点で裁判所が法案について合憲か違憲かの見解を述べる
ことはあり得ない。


ということです。


「合憲か違憲かは、最高裁判所が判断するんだから素人には関係
ない」とか、

「最高裁判所が合憲か違憲か見解を示せばさっさと決着するんじゃ
ないの?」


などと考える方もひょっとしたらいるかもしれませんが、三権分立
が原則ですから、国会で成立する前の法律案に対して裁判所が口を
出すことはあり得ません。



では、法律ができたら速やかに裁判所が合憲か違憲かの判断をして
くれるかといえば、それもないと考えます。


裁判所は、具体的な事件が起きて訴訟に至り、一定の判決を出す
ために必要となってはじめて、法律が合憲か違憲か判断するもの
だからです。


おそらく、新しい法律に基づいて自衛隊員が集団的自衛権の行使に
関わったことにより何らかの損害が発生し、国に対してその損害
賠償を請求する訴えが提起され、かつ、法律が合憲か違憲か判断
しなければその請求を認めるかどうか決められない、そのような
事態に至らない限り、裁判所が法律について合憲または違憲の判断
をすることはないと考えます。


よって、今の段階では、有権者一人ひとりが法案を読み、合憲か
違憲かを考えるしかないのです。そして、法案が違憲だと思う立場
の人は特に、法律ができる前の今の段階で主張をしておく必要が
あるでしょう。


しかし、3つ目のそもそも論と関係しますが、自分の力で法案を
読むためには、結構高いハードルがあると思います。



3つ目のそもそも論は、

3.法案をそのままの状態で理解するのは難しい。


ということです。
この法案については、テレビや新聞でいろいろな解説がされて
いますが、解説が偏っていたり、間違っているかもしれません。

法案そのものを自分の目で確かめるのは簡単です。


内閣官房のホームページ
平和安全法制等の整備について
にPDFで掲載されています。

2つ法案が載っていますが、ここではいわゆる平和安全法制整備法
へのリンクのみを貼ります。


案文(PDF)
(我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律)



しかし、これを読んで全てを理解できる人はほとんどいない
でしょう。


日本では、法律を改正するときは、法律の全文を改正するのでは
なく、改正が必要な条文のみ、しかも、1つひとつの条文の中で
改正が必要な字句だけを改正するのがふつうです。


なので、改正後の全文の姿を知りたければ、自衛隊法をネット
検索してコピーし、ワードか何かに貼り付け、法律の改正文
どおりに字句を置き換えたり、削ったり、追加したりしなければ
なりません。


そこで、今回の法律案を見てみます。


(前略)自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)の一部を次のように改正する。
 第二条第五項中「第九十四条の六第三号」を「第九十四条の七第三号」に改める。
(以下 略)

とありますので、


現在の自衛隊法第2条は、

(定義)
第二条 (略)
2~4 (略)
5 この法律(第九十四条の六第三号を除く。)において「隊員」とは、(以下 略)


となっていますが、法案が成立し、法律として施行
される日からは、


(定義)
第二条 (略)
2~4 (略)
5 この法律(第九十四条の七第三号を除く。)において「隊員」とは、(以下 略)


となるということです。


このような作業を、改正する条文全てについて行うことになり
ますから、結構大変な作業です。


今回の法案については、改正の対象となる部分について現在の
条文と改正後の条文を比較できるようにした一覧表(新旧対照表)
を内閣が用意してくれていますから、だいぶ手間が省けます。


新旧対照表(PDF)


でも、この新旧対照表も、結局は今回改正する部分のみを抜粋
したものですから、改正後の全文の姿は、やっぱり自分で作って
確かめるしかないようです。


で、既に誰かが作ってネットにアップしているんじゃないかと
思ったのですが、検索しても見つけられません。


安全保障関連法案に反対する学者の会のサイトにも載ってないし。


う~ん、自分で作るしかないのかな?


正直言って、偉い人の記者会見よりも、改正後の全文の姿の方が
よっぽど「有権者が自分の頭で考える」ために役立つと思いますし、

有識者や専門家と言われている人や、法律の仕事をしている人が
善意で作ってほしいと思うのですが、有識者たちは法律の案文だけ
を見れば全てを理解できるからなのか・・・


こういうところから、学者と一般市民との間の感覚のズレが
広がったり、有権者の政治離れが進んでいくのかな、などと考えて
いるうちに、

いつもの事ながら、ずいぶん長い記事になっちゃった。


しかも、合憲か違憲かについて私の考えをまだ書いていないし。


でも、それは長文・乱文になりそうなので別の機会に書くことと
します。


記事が参考になりましたら応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 人間不信・人間嫌いへ にほんブログ村 恋愛ブログ 無性愛・アセクシャルへ

休日バンザイ

生活保護の現場で支援の仕事をはじめて1年目に、自分と同じ
歳の精神障がいのある男性の支援を担当しました。


彼は「働いてお金を稼ぎたい」と話していました。
彼はある資格を持っていて、それを生かした仕事がしたいという
ことのようです。

彼の部屋は散らかっていましたが、その資格証書はきれいに
額縁に入った状態で箱に収められていました。

きっとその資格が彼の心の拠り所なんだろうと思ったものです。


私は、彼が通院する病院のソーシャルワーカーに、彼は働くこと
ができるかどうか尋ねました。

ソーシャルワーカーからの回答は、

「彼に対する支援の方針は、1日でも長く安定した状態を保つ
 ことができるように促し、再び入院することのないようにする
 ことです。そして、それが精一杯であり、彼が働くことを目標
 に据えるのは無理があります。」

というようなものでした。


1日でも長く現状を維持するための治療、
1日でも長く現状を維持するための投薬、
1日でも長く現状を維持するためのデイケア・・・


果たして、彼にとって「現状」は維持する価値があるものなの
だろうか、などと考えていた気がします。



ふと、そんなことを思い出したのは、私自身、どうも仕事が辛い
からです。(最近に始まったことではありませんが・・・)


1日でも長く仕事を続けて、再びひきこもりニートになることの
ないようにすること自体が目的で、しかも、それが私にとっては
精一杯であり、「仕事を通じて得た収入で新しい家庭をつくる」
とか、「仕事と私生活の両立」とか「自己実現」だとか、そうした
人並みの、人間らしい課題と向き合い解決していくための手段と
して仕事を位置づけることを望むのは無理がある。


1日でも長く仕事を続けるために通院し、
1日でも長く仕事を続けるために薬を飲み・・・


果たして、私にとって1日でも長く仕事を続けることはそんなに
価値があるものなんだろうか、などと考えない方がいいことを
考えてしまいます。


とはいえ、私は今まで失敗や無駄ばかりの暮らしをしてきました
から、たとえ1日でも長く仕事を続けるために今日職場に行く
ことが私にとって無駄なことであったとしても、何を今さら、
というふうに受け流すことができるようになりました。


それに、幸運なことに、たとえ無駄であったとしても、この無駄は
続けていればお金がもらえるから、「ま、とりあえず続けるか。」
となっちゃいます。


こうして、私も着実に世間というわけの分からないものに絡め
とられているのだな、などとしょーもないことを考える暇があった
久々の休日でした。

休日、バンザイ!

記事が参考になりましたら応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 人間不信・人間嫌いへ にほんブログ村 恋愛ブログ 無性愛・アセクシャルへ
プロフィール

人間嫌い3級

Author:人間嫌い3級
日本の片隅でひっそりと暮らす人間嫌いです。
アラサー。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 人間不信・人間嫌いへ

にほんブログ村 恋愛ブログ 無性愛・アセクシャルへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。