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私自身の考え方の変化2

前回の記事

もう1つ、私自身の考え方に変化があったのは、
自分の性的指向に対する考え方についてであります。

私は、性的指向は、多様な性を分類し、説明するための道具に
すぎないと考えた上で、自分のことをとりあえずアセクシャル
(他者に対して性的な欲求を抱かない性質)と自称してきたの
でした。


実は、1年ほど前から親しくさせてもらっている自称アセク
シャル?の女性がいまして、一緒に食事をしたり、イベントに
出掛けたりしていたのですが、このほど、私が、彼女と肉体
関係を含むより親密な関係づくりを腹の底では望むように
なったことに気付きました。


人間関係ですから、いろいろな事情の変更があり得るとは
いえ、アセクシャルとして知り合った者どうしであるため、
かなり大きな事情の変更と言えるでしょうから、早めに説明
した方がいいと考えています。


そこで、私は、近いうちにこの私自身の変化を彼女に正直に
話そうと思っています。


私の気持ちは、間違いなく彼女から拒絶されることでしょう。


でも、私は、正直に打ち明けることにこそ意味があると思って
います。


「アセクシャルの意味を分かっていないんじゃないか」

「あなたは、奥手でモテない、ただのオッサンです」


自称アセクシャルである私の気持ちの変化には、いろいろな
疑問や批判があると思います。


しかし、私は、まっとうな?アセクシャルとして世間から
評価されたいわけではありませんし、

また、「アセクシャルらしく」生きていきたいのではありません。


私は、おそらく他の性的マイノリティの方々と同様、自分に
素直に生きていきたいだけなのです。


そのことを自分自身で確認するために、私は正直に打ち明ける
必要があると思っています。


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私自身の考え方の変化1

子どもの頃から学生時代まで、大人たちからしばしば言われて
きた言葉があります。


「君は、もっと揉まれなきゃダメだ」


小学生の頃から、友達の家に遊びに行った時に友達のお母さん
から言われ、学校の先生から言われ、習い事の先生から言われ、
ついでに習い事教室の受付のオバサンから言われ、サークル
活動で知り合った社会人の方から言われ、なぜか自動車学校の
教官からも言われたことがありました。


当時は、何の話をされているのかよく分かりませんでした。

特に、自動車学校の教官から言われた時は、ちょうどその日の
路上教習で、進路変更するのをためらってしまい周りの車に
迷惑をかけた場面があったので、そのことを言っているのかと
思い、

「ウインカーは早めに出せってことですか?」

などと間抜けな返事をしてしまって、教官を余計にあきれさせ、
また、いらだたせたことを覚えています。


社会人となり、「もっと揉まれなきゃダメだ」と言われる機会
が減ったことから、

「世間は、私が現にお勤めをしている事実をもって、私が
(人間関係の中で)揉まれていると推定するのだろう」

と考え、ちょっと安心していました。



ところが、今の組織に勤めて4年くらい経ったあたりから、
少し違うお叱りの言葉を掛けられるようになりました。


「今まで何をしてきたんだ」

「今までどんなやり方をしてきたんだ」

「よくそんなことで今までやってこられたものだ」

というものです。


私は、何となくではありますが、


「君は、もっと揉まれなきゃダメだ」



「よくそんなことで今までやってこられたものだ」

この2つの言葉は、きっと同じことを言っているのだろう
と考えています。


つまり、「遅かれ早かれ、君は世間でやっていけなくなる」
ということなのでしょう。



困りました。

私は、子どもの頃から、自分と似た雰囲気を持つ大人を
見つけられないことが不安で仕方がありませんでした。


見つからなかったのも無理はありません。

きっと、世間的には、私は「ありえない奴」、
「うまくやっていけるはずのない奴」なのですから、
私と似た大人が見つかるわけがなかったのです。


もちろん、今の私の周囲にも、私と似た雰囲気を持つ大人
はいません。



それでは、

「遅かれ早かれ、君は世間でやっていけなくなる」

と改めて宣告された私は、今後どうすべきなのでしょうか。


自動車学校の教官から「君は、もっと揉まれなきゃダメだ」
と言われた19歳の頃の私は、周囲とうまくやっている
ように見える社会人の方の振る舞いを私なりに取り入れ
たり、就活本にヒントがないかと探したりもしましたが、
結局大失敗に終わりました。


10年前と同じ失敗をするわけにはいきません。

私が今考えている対処は、うまくやっている人の振る舞いを
取り入れるのは私が負担なくできるものに限定して、
あとは何を言われようと(心の中では)居直ることです。


私が、至らない点が多く、世間でうまくやっていけるはずの
ない、あり得ない奴であることは、私自身が一番よく知って
おり、周囲の私に対する評価に対して異論はありません。


ただ、そうした評価を妥当なものとして受け止めた上で、

「私ひとりが、死ぬまで(50年くらい?)の間、レア
ケースとして、周囲から文句を言われつつも生き残ること
ができればいいだけではないか」

と思うわけです。


普通に考えて「遅かれ早かれ、私は世間でやっていけなくなる」
のかもしれませんが、たまたま私が寿命を終えるまで生き
残っちゃう可能性もゼロではないでしょう。


そして、たまたま生き残った私のやり方が、同じような悩みを
抱えている人々にとって再現できる可能性がなく、ゆえに誰の
参考にもならず、また、世間から「よく頑張った」と思われる
ことが1度もなくても、それはそれで仕方がない、そう思える
程度には図々しくなってしまった私です。



さて、今まで私は、

「不器用な私の経験してきたことが少しでも誰かの参考になれ
ばいい」

と考えてこのブログを書いてきましたが、上に書いたとおり
考えが変わってきて、


「私の経験してきたことや、私の問題に対して私が考えた
解決策が、誰の参考にならなくてもいい」

「いや、誰の参考にならなくてもいい、というより、正直に
言うと、誰かの参考になるはずだというのは私の勘違い
だったのかもしれない」

と最近では考えるようになりました。
これが、ここ半年くらいの間に考え方が変わったことの1つです。


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プロフィール

人間嫌い3級

Author:人間嫌い3級
日本の片隅でひっそりと暮らす人間嫌いです。
アラサー。

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