FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由を読んで

私がブログを書くことはもうないかもしれないと思っていたのですが、たまたまネットで読んだ記事の中に、どうしても「いま」感想を書き留めておきたいものがありましたので、1年ぶりにブログを書くことにしました。


「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由


大反響「底辺校出身の東大生」は、なぜ語られざる格差を告発したのか




インターネットが発達した現在においても、田舎と都会の間には教育と文化に関する情報や機会の差があり、しかもそのことが田舎に住む人にも都会に住む人にとっても、無視すべきでない問題として十分に認識されていないということを、著者である阿部幸大氏の体験を交えて書いた記事であると私は理解しています。



阿部氏の記事には、私があえて考えないようにしてきた内容が含まれているのですが、ゴールデンウィークの暇な時に読んでしまったものですから、考えずにはいられなくなってしまいました。


私は、阿部氏とほぼ同年代で、阿部氏と同様に北海道の田舎で生まれ、大学時代は札幌市で生活し、地元の田舎に戻ってきてそろそろ10年になります。


私は、暗く大人しい子どもだったので、阿部氏の記事で底辺の例として紹介されているようなヤンチャな友人はいませんでしたが、地元に戻り生活保護の現場で仕事をした際に、子どもの教育に対する意識が高くない家庭の事例もいくつか目にしました。もっとも、意識が高くない理由が、田舎だからなのか、経済的に貧しいからなのか、それ以外なのかは分かりません。


私は、著者の阿部氏の指摘は、本当にそのとおりだなと実感として思います。
今後、社会学者による実証的な研究を期待しています。



さて、阿部氏の記事を読んで、結果的に、私は自分に対する不安感や嫌悪感が増してしまいました。


まず、自分に対する不安感についてです。

私は、遠距離恋愛でお付き合いをしている方がいて、私の地元での結婚も考えているのですが、正直に言って、ほんとうに「ここ」で健康で文化的な生活を送ることができるのだろうか、ほんとうに「ここ」で格差社会を器用に生き抜くことのできる子どもを育てられるのだろうか、そうした不安を改めて強く感じました。



ちなみに、私は田舎に住んでいますが、仮に自分に子どもがいたとして、私が子どもに受けさせたい理想の教育のレベルはかなり高いです。

大学に行く、行かないの話ではなく、「子どもが大人になったとき自由に生きることができるレベル」の教育を受けさせたいと思っています。


ここでいう自由とは、居住の自由、職業選択の自由や国籍離脱の自由をもちろん含みます。

これらの自由は、日本国憲法で保障されている基本的人権ですが、現実の私は、居住の自由も職業選択の自由も国籍離脱の自由も、思うままに行使することができません。


なぜできないのかは、大変難しい問題ですが、ぜひこれを乗り越えることができる大人を育てたいと考えています。




次に、自分に対する嫌悪感についてです。


私は、中高生の頃は、阿部氏と同様、どうしても地元から脱出したいと思っていたのですが、そんな私が今は地元の役所で働いているというのは、本当に皮肉なことだと思います。


で、地元に帰ってきて働いてみて、「地元には、子どもの頃は気付かなかった魅力がある」と分かるようになったかといえば、全くそんなことはなく、むしろ地元に住んでいることが原因で日増しに元気がなくなっているような気さえしています。



むかし、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」という歌がありました。





この歌はいい歌なのですが、仮に私が15歳の自分に宛てて手紙を書くとすれば、謝罪の言葉を並べるしかありません。


「十五の私は、あれほど悩み、泣き、考えたはずなのに、この程度の大人にしかなれませんでした。ごめんなさい。」


「十五の私は、地元の田舎が嫌で、地元から出たいがために学校の勉強に励んでいたはずなのに、結局地元に住むことになってしまいました。しかも、地元の人に納めていただいた税金から給料をもらって生活してます。ごめんなさい。」



もっとも、15年以上も前のことをウジウジ考えるなんて馬鹿らしいですし、子どものころ「ああいう大人にだけはなりたくない」と思っていたその「ああいう大人」になってしまった人など、私のほかにも沢山いるでしょう。それは私も分かっているのです。


でも、何かあるたびに、「子どもの頃に抱いた「将来は地元を出たい」という切実で、しかしささやかな願い事すら実現できなかった自分」、「その子どもの頃の願い事がいまだに忘れられない自分」、「かといって今から都会への転出を目指すことが、年齢やスキルを考えると全く不合理な選択となってしまう自分」に負い目を感じてしまうのです。そして、そんな自分が嫌いです。



正直に言って、例えは悪いかもしれませんが、私の人生を野球の試合に例えると、2回の攻撃を終えた時点で、自分のチームが0対20の大差で負けているような気分です。対戦相手が誰なのかは自分でもよく分かりませんが、もう負け試合なのです。


一応、私は、とても諦めの悪い性格なので、自分の攻撃の回でわざと空振りして潔く0点でコールド負けするよりは、1点でも多く取って負けた方がいいし、できればコールド負けも避けたいと思っています。



ただ、こんなメンタリティの私が、ここ地元で、結婚という形で他者を巻き込んで生活できるのか。

負け試合を自分なりにプレーするのはいいが、これ以上人を巻き込むべきではないのではないか。助っ人(?)を呼ぶなどもってのほか。

巻き込む「べき」かどうかの問題ではない、巻き込み「たい」かどうかの問題だ。本心ではどう思っているのか。






さて、話が逸れてきたのでそろそろ終わりにします。

私の話はともかくとして、岡田氏の記事をきっかけに「教育と文化の地域格差」の議論が盛り上がることを期待しています。


記事が参考になりましたら応援クリックをお願いします。
にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 人間不信・人間嫌いへ にほんブログ村 恋愛ブログ 無性愛・アセクシャルへ
スポンサーサイト
プロフィール

人間嫌い3級

Author:人間嫌い3級
日本の片隅でひっそりと暮らす人間嫌いです。
アラサー。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 人間不信・人間嫌いへ

にほんブログ村 恋愛ブログ 無性愛・アセクシャルへ

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。