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性的指向の議論に惑わされるな

自分が昔書いていたブログの記事を転載して、
最後に今の自分がコメントを付けるシリーズ



人間嫌いという才能(2009年)から



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前回書いた


『性的指向』は実在しない

の記事ですが、ゲイ専用トラックバックセンターに送信したところ、

削除されてしまいました。


まぁ、そのサイトの趣旨を考えると、こんなタイトルの記事が削除されるのは

当たり前と言えば当たり前なのですが、

けっこう気合を入れて書いた記事だけに残念であります。



どうも真意が伝わっていない気がするので、補足をします。


私は、同性愛の人間が実在しない、とは一言も言っていないのですよ。



「どうして同性愛という現象が起こるのか」


という問いに対して、


「それは人にはそれぞれ性的指向があって、・・・」


と答える人がいるけれども、そもそも『性的指向』というのは、

誰かがその存在を仮定した『説明概念』ですよね、と言っているのです。



ここで注意してほしいのは、私は「説明概念だから悪い」と言いたいわけでは

ないのです。


「性的指向というのはあくまで『説明概念』であり、この世に実在することが

 確認されたものではない。」


と、前置きをした上で、性的指向について語った方が良いんじゃないですか?

と言いたいのです。



なぜなら、特に若いうちは、

「言葉に表されたものは実在するものだ。」

と素朴に勘違いしがちだと思いますので、


悩みを抱える若者に変な誤解を与えることは、私は特に避けたいからです。



私自身、誰かがでっち上げた説明概念に惑わされたり、悩まされたりするのは

たいへんな苦痛です。



もちろん、説明概念は便利なものですし、その例として私が

「数字」を挙げたことからもわかるように、人間の文明は概念を操作する

ことで発展してきました。



ですから、概念的思考能力は人間の重要な能力であると私は考えています。

便利な説明概念はどんどん活用すべきです。


しかしながら、説明概念の中には結果的に災いをもたらすものもあるのです。


私は、そのような災いをもたらす説明概念はできるだけ排除したいのです。




たとえば、大昔の人は、今で言う台風や地震を

『たたり』という説明概念を用いて説明していたと聞きます。


その『たたり』という説明概念があったせいで、いけにえにされた人や動物がいた

ことを思うと、当時の科学の水準を考えれば仕方がなかったと思う一方で、なんだか

やるせなくなってしまうのです。



性的指向についても、同じ種類のやるせなさを感じます。


『性的指向』という説明概念を実在のものと信じている人が多いために、

不当に苦しめられている人がいる気が私はするのです。



未来の保健体育や家庭科の授業では、


「今で言う××や○○は、21世紀の初頭まで

 『性的指向』という説明概念を用いて説明されていました。

 そのため、様々な性的指向の分類が考案され、新しい分類ができるたびに

 新しい偏見や差別が生まれました。」


「なぜそんな説明概念が定着したのですか?」


「それはとても良い質問ですが、同時に答えるのがとても難しい質問です。

 それに答えるためには、そもそも教育の機能とは何か、われわれが使う

 言語の性質とはどのようなものか、言語によって世界を分類することには

 どんな意味があるのか、そうした話をひとつひとつ積み上げねばなりません。

 今度時間のあるときにお話しましょう。」

 
というようなやり取りが繰り広げられる、そんな空想を私はしています。



(以上)

----



さて、私が2つの記事で書きたかったのは、『性的指向』について深く考えなく
ても良いということでした。


「同性のAさんを好きになった」という体験をしたとき、特に若いうちはいろいろ
なことを考え、戸惑うのだろうと思います。


しかし、なぜ戸惑うのか、その原因として考えられるのは、


1.「思春期になると異性への関心が生ずる」などと学校の授業で教えられるから

2.学校で教えられたことと自分の身で体験したこととの矛盾について、
  セクシャルマイノリティーの諸先輩方が『性的指向』という小難しい概念を
  使って説明されるから。 


の2つだと思っています。


そうすると、


異性愛者ならば、異性に好意を抱いたとき、すぐにその素の気持ちと向き
合うことができますが、


同性愛者は、同性に好意を抱いたとしても、素の気持ちと向き合う前に、
『性的指向』概念について自分なりに整理しなければならないことになります。


これは、思春期・青年期の若者にとって気の毒なことだと思うのですよ。

小難しいことを考えずに、「同性のAさんを好きになった」という気持ちに
素直に向き合うことができればいいのにと思います。



ただ、ハートネットTV シリーズ多様な“性”と生きている

の第1,2回を見て(6月10日に再放送があるそうです)

この記事を書いた4年前の私は、心配しすぎだった、被害妄想だったのでは
ないかと思いました。


性的指向概念が細分化、複雑化されると新たな差別が生まれ、私のような
中途半端なマイノリティーはいっそう排除されるんじゃないかとの恐怖が
4年前は確かにありました。


でも、先のテレビ放送を見た限りでは、あいまいな性も含めて多様な”性”を
受容しようという趣旨の内容になっており、


4年前の私が心配していた方向へ議論が進んでいるわけではなさそうです。



ところで、この記事に対しては

塵も積もればヒキコモリ状態 by おがたけ

というブログの記事の中でコメントを頂いています。



実は、この記事を書いたころの私は、

知った気でいるあなたのための構造主義方法論入門

という本を面白がって読んでいました。



『説明概念という説明概念という・・・、と無限後退ができる』との指摘を受け、


なんだか私の思考方法が見透かされているように感じたのを覚えています。



なお、この記事を書いて以降、哲学の勉強はまったく進んでおりません。

今日、昔の自分の記事にコメントを付けるにあたってまた勉強してみようかと考え、


ホモセクシュアリティをめぐって──「社会構築主義・本質主義論争」の一側面

を読みはじめたものの、途中で投げ出してしまいました。



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Author:人間嫌い3級
日本の片隅でひっそりと暮らす人間嫌いです。
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